西田定治郎時代の製粉(その3)

2017.03.23

昭和30年外国産農産物の着地検査制度が導入されます。これ以降外国産小麦が本格的に日本に輸入されるようになりました。父の話では昭和35年頃から品質の良い外国産強力原料を使い出したと話していました。昭和34年飼料をたくさん生産する必要ができたことから、専管ふすま、増産ふすまといった制度が始まります。昭和36年には協同組合全粉製粉協議会という組織が発足し、全国の中小型製粉の法人組織ができました。このように次第に経営の安定に向けた流れが出来つつある時代でした。旭製粉は昭和39年に新工場が完成します。定治郎の最後の仕事といって良いでしょう。

 

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